豊岡下 正枝    天狗松 Giant pine tree which Tengu took a rest


豐岡下の正枝に 大きな松が ありました。

島根 隠岐島の大満寺山と 四国石鎚山の寺は、大変 仲がよかったのです。そこで  両寺は 神山霊である天狗を 使って 連絡を 取り合っていたので、その中間点である 正枝で 天狗は 休憩していました。羽を休めた大木は 正枝の松 白土Siratiの見ず柿 真地乢Madi-tawa大杉等でした。天狗松は下から1.5m位の所で二股に分かれ まっすぐ伸びていました昭和55年(1980年)頃 落雷を受け、松に赤猫が駆け上ったと言われます。昭和60年(1985年)頃 積雪で枝が折れました。付近のお婆さんが、折れた松を風呂焚きに使うと、お婆さんは病気になったと言われます。平成7年(1995年)頃 落雷が元で推定樹齢450年で枯れました。枯れる迄は 天狗がいる時は灯りが点りがゆさゆさ揺れたり、ゴウゴウと虎落笛Mogari-bueが鳴ったり、ドスンと大きな音がしたり小石や雹Hyouが降ったりドドドドと地鳴りがしたりしたと言われます「豊岡下政枝の村人より口伝」「岡山の巨樹」


正枝の天狗物語 Tale of tengu "long nse goblin"

 昔 昔 隠岐島の大満寺と 四国石鎚山の石鎚寺は 山伏の修業場でした。大満寺の聖者と 石鎚山の聖者は 互いに交流し、世の中を良くしようと 相談しました。二つの聖地は 掛け離れていたので 石鎚山の天狗岳に住む天狗の法起坊に 使いを させる事に決めました。法起坊は 大天狗で 烏天狗や 木の葉天狗等の様な 小天狗より 遥かに強い 神通力を持っていました。石槌山からの眺望も素晴らしいのですが、瀬戸内海の島々 中国山脈の山々 日本海の海と 隠岐島諸島の四季折々の眺めは それはそれは 美しかったので 楽しい旅でした。しかし大天狗と言えども 二つの聖地は 余りに遠いので、行き来する途中で 休まなければ 体が持ちません。その中間点付近を 葉団扇Ha-Utiwaを羽 ばたかせ空を飛んでいて、正枝に 大きな松を見つけました。法起坊は 良い休み場所になると思い  灯を点し休みました。正枝の松の持ち主の男は 突然大風が吹いたので 驚いて庭に出てみると 天狗灯りが 点っていたので、この大風は天 狗揺すりTengu-yusuriだと 思い  急いで家に 逃げ帰りました。「悪い天狗か 良い天狗か 解りません   いずれにしても 遠くから飛んで来たんじゃけぇ お腹を 空かせているじゃろう  とりあえず挨拶代わりに 食ぃ物をやって 機嫌をとろう  良い天狗の好物は  Motiに トロロに 饂飩Udonに 豆腐 魚の目じゃと聞く  悪い天狗の好物は 等の生臭物じゃそうじゃ  正月前じゃけぇ 餅は 有る」と 考えて、餅を焼いて 黄な粉を添えて 恐る恐る正枝の松の枝に 置きました。天狗は 隠れ蓑Kakure-Minoを 着ていたので 姿が見えないので 何をしているか判りません。長い長い 恐ろしい夜を 過ごしました。朝 再び大風が吹いたので 庭に出て松の枝を見ると、お餅は 無くなっていて 皿に宝貝が 残して有りました。宝貝は 安産のお守りです。良い天狗だったので 男は安心しました。 

法起坊は 餅を食べ 元気が戻り 空高く飛び立つと、辺りは 深い霧の海に なっていました。深い霧の幕に 自分の大きな影が 虹色の光 囲まれ 写っていました。法起坊は 自分が 大仏になったような気がしたので、これからも 正枝で 休憩しようと心に 決めました。次の機会にも 正枝の松で 休みました。男は 天狗灯りと 天狗揺すりに気付き、トロロ飯を作って「悪天災が 起こりそうなら 教えて下さい」と 言って法起坊に 食事を振る舞いました。すると その夜 ゴウゴウと虎落笛Mogari-Bueが 吹きました。男は「天狗笑いだ  近い内に 悪いことが起こる  風台が来る  竜巻かも知れない」と 思い戸を 釘付けました。翌日 台風となり、竜巻も起きましたが 被害は 最小限でした。法起坊の去った方向から 旅の娘が 母に連れられやって来ました。母は「天狗様が 正枝の大松の男は 誠実な男なので 必ず幸せにしてくれると 夢でお告げになられました  娘を 娶ってください」と 頼みました。男は宝貝を天狗がくれた訳が解り、可愛らしい娘を一目で気に入り、交際を始め  この年の終わり頃に 結婚し 宝貝をお守りにして 何時も腹に巻かせました。次の機会に うどんを 振る舞うと、法起坊は 水晶の礫Tubuteを バラバラ巻き去りました。男は「天狗礫じゃ  Hyou)が降る」と 察知し 野菜に雹除けを 備え、被害を 免れました。この時は 大雪も降り 積雪の重みで  天狗松の大枝が 折れました。近所のお婆さんが「風呂焚きの薪Takigiにするので 分けてくれ」と 言うので「神聖な松だから駄目Dameだ」と 断ったのですが、盗んで持ち帰り 薪にして燃やすと 思わぬ炎で 大火傷Oo-Yakedoしました。この年 男に玉のような子供が 生まれました。二人は 幸せの絶頂を 喜び合いました。次の機会には 豆料理をしようとすると 法起坊は 地鳴りを起こし去りました。男は「天狗太鼓Tengu-Daikoだ  近い内に 地震か山崩れが起こる」と して地震対策を施し、地震の被害を 免れたばかりでなく、山が 崩れ宝物が 掘り出され、男は 大金持ちになりました。次の機会には  法起坊は ドスンと大きな音をさせました。男は「天狗倒しだ  近い内に大木が倒れる  天狗松に 雷でも落ちるかも知れない  家族の者を近付けないようにしよう」と 用心すると、翌日 赤猫が 天狗松を 這いました。雷で真っ二つに裂け焼け落ちました。又 お婆さんが ヤケボックイを 盗みに来ると、再び 雷が落ち  感電して失神しました。男は 天狗松が枯れたので、もう天狗は来なくなるだろうと 思いました。しかし 男の振る舞い飯と ブロッケン現象の魅惑に 駆られて、天狗は 隣家の大柿の樹で 休むようになりました。法起坊は すっかり吉備のこの里が 好きになり、白土の見ず柿 真地乢の大杉等 あちこちの大木でも 休むようになりました。その後の法起坊は 大満寺でも 感謝され、屏風ケ岩の中腹の八天狗とも交流し、天下随一の天狗になり、天狗の感謝により男の家庭も栄えました。「豊岡下政枝の村人より口伝」「岡山の巨樹」「天狗の仕業:本分参照」を基にした物語 「天狗御食べ物


隠岐島の大満寺:北緯36度15分24秒東経133度19分50秒 四国石鎚山の石鎚寺:北緯33度46分3秒東経133度6分54秒 正枝の松:豊岡下toyookasimo正枝masaeda1073番地 北緯34度55分14秒東経133度46分52秒 写真の略中央の小枝が散らばる場所に 聳えていたそうです  現在は無く、寂しいのか天狗は 手前の柿の木 に時々来て、木を揺すったり 吠えたりすると言われます。   白土の見ず柿:現在は枯れて どこにあったか 解らなくなっています 真地乢の大杉:北緯34度55分30秒東経133度47分19秒 現在は有りません    正枝:982・1210(北緯34度55分14秒東経133度46分55秒)・1213(北緯34度55分5秒東経133度47分1秒)1315番地等    白土:豊岡下995・1002-1004・1171・1172番地(現在住居はありません)    真地乢:豊岡下1495番地(北緯34度55分21秒東経133度47分11秒 現在住居は ありません)    真地溺:豊岡下:1496番地(北緯34度54分51秒東経133度47分19秒) 真地:豊岡下1443・1814番地等  平成214年(2012年)12月5日

 

平成31年(2019年)3月31日に【岡山「へその町」の民話 追補版-岡山県吉備中央町の採訪記録 立石憲利 吉備中央町図書館 吉備中央町教育委員会】が発行されました。p58に「木を切る音」と言う天狗倒しに似た現象が紹介されています。

 

神瀬 大松 天狗の悪戯  PRANK BY TENGU " LONG‐NOSED GOBLIN"

船津の裏山の中腹あたりの 大松Oo-Matuの近くに 小さい泉が ありました。この松は 天白tenpaku(天狗)が 住んいました。ある日 麓の村から 可愛らしい娘が、山菜取りに 急斜面の山に 登ってきました。急峻な 山肌なのでよく滑り 手足が汚れ 大汗を かいたのです。

船津の鳴滝の奥に 泉を見つけ、娘は 体を洗おうとして 衣服を脱ぎ、泉で 身を清めていました。この辺りの山は 水晶や銅が採れるとの噂が 流されていたので、山師が この山にも 入り込んで来ていました。娘は 人の話し声に 気付いたのですが、泉を出て 着物を着るのに 手間取って 山師達の目から 逃れるために 間に合わなくなりました。すると 周りの笹が サラサラと鳴り 泉に 笹の藪の垣が でき、娘は 恥ずかしい裸を見られずに済みました。また ある別の日 村の婆Babaが 登って来て、我慢に我慢しましたが 小用Koyo(小便)に 耐えられなくなって、仕方なく山師達に 見られないよう用心し 娘が 隠れたあの笹薮に 隠れ お尻を剥いて 小用を 足そうとしました。すると 笹薮が ザワザワと 大音を立てて動き出したので、小用を 漏らしながら 慌てて下着を 上げましたが 間に合わ ず 皺Siwaくちゃなお尻を剥いて  下着を濡らした 恥ずかしい姿を 山師達に 見られました。婆が 恥ずかしがりながら家に帰って見ると、可愛がっていた犬 と猫が いません。人に尋ねると 山伏のような格好の大男が 連れ出し、某地Boutiに(どこか知らない処)に 連れて行ったと言います。そこで  婆は 天狗が嫌う鯖を食い食い  鉦を叩き 犬猫を 探しました。家の中 家の外 犬猫のいそうな 思い当たる所は 何度も 何度も 調べましが 見つかりません。一ヶ月もして フツと見る、何の事はない、縁の下に白い髪の毛を 一本加えて 猫が 寝ていました。犬は いつまで待っても帰って来ませんでした。村人は「天白は 嫌いな不浄な 皺ばぁの婆の尻を 二度と 見とうのうて、犬と 猫を 天狗隠しして 懲らしめたんじゃ 猫は 鯖臭かったので 食わなかったが、犬は 食ったんじゃ」と 言い合いました。その大松は  雷に打たれ 枯れてなくなり、泉も いつしか 涸れてしまった そうです。「三谷陰地の村人より口伝」

犬猫の習性:「迷子の迷子の子猫ちゃん」で始まる犬のお巡りさんの歌詞では、仔猫が迷子になり、お巡りさんが困りますが、猫は 遠くに連れて行かれても 家の方向が解り 直ぐに 家に向かい出します。犬は 起点から グルグル螺旋状に回り 輪を広げて行き、自信が無いと 起点に戻り 再挑戦します。運良く知った臭いや 景色に遭うと 家に向かいます。犬は人に付き、猫は家に付くと 言います。犬は群れを作る動物で 飼い主を 群れの仲間と 思っていて  飼い主と一緒にいたがり、猫は 餌の捕れる所 すなわち餌の貰える所に 一匹で 住みたがる習性が あるからです。仔猫は例外で、母親と 一緒に住みます。ですから 家に帰る途中 競合者がなく 餌の捕れる場所が有ると  そこに 住み付きます。迷子の犬も猫も帰って来ない事が多いのですが、時に途方もない遠方から帰って来る事が 有ります。従って猫は  迷子になり難く、犬のお巡りさんの歌詞は 間違いと 言う事になります。でも  お巡りさんは 遠くまで仕事をしに 行かないし、仔猫では 猫の持つ前述の能力を 発揮する事は 無理かも知れないので、波風を 立てずいましょう。余談ですが 子猫が 迷子になると 多くの場合 育て親が 現れます。また 仔猫に近づくと 母親と 一緒になって 気の荒い野良の雌猫が 集団で 激しく攻撃してくる事が有ります。可愛い野良の子猫に 近づく時は 用心しましょう。www.konekono-heya.com/myth/homing.html」「http://www.news-postseven.com/archives/20130414_181609.html」「ネコの行動学 1998/4 パウル ライハウゼン (著), Paul Leyhausen (原著), 今泉 吉晴 (翻訳)」の犬猫の習性と「三谷陰地の村人より口伝」を基にした物語  三谷陰地の村人より口伝:「昔 神瀬の奥に 枝振りの良い松があって 天白が伯耆大山から 石鎚山に飛んで行く 途中で羽を休めていました。  山で用が弾めば 野で処理するしかありません.。 好感を持った若い娘の小用(小水)を 笹薮で隠し 人の眼から守り、嫌悪を感じた 婆さんの物陰に隠れた小用を 物陰を 取り外し 人目にさらしました」  天狗隠し天狗攫Tengu-sarai神隠しの一種で、天狗に関与して 子供が 行方不明となる事https://ja.wikipedia.org/wiki/天狗攫い」 天白:天狗の旧い名前 小用:小便 某地:よくわからない土地 他国 他所者Yoso-mono    船津鳴滝:429号線を 岩見橋の手前で、右の林道を進むと、鳴滝川があり、約500m上ると 北緯34度56分10秒東経133度49分2.秒近くに 本滝 下の滝が あります この下の滝の上流にも 下から1の滝 2の滝 3の滝が 有ります        平成23年(2011年)9月12日