加茂川地区 口合 slick joke


上加茂の福原に 大森と言う人が 住んでいました。加 茂大祭の時、備前一の宮から 神主が来るしきたりでした。大藤氏の身内の神主が 福原に住み付き、大森を名乗ったそうです。大森は 相撲好きで、都藤藤士郎Miyakohuji-Hujisirouと言う力士の面倒を 見ていました。

上加茂の福原に 大森と言う人が 住んでいました。加 茂大祭の時、備前一の宮から 神主が来るしきたりでした。大藤氏の身内の神主が 福原に住み付き、大森を名乗ったそうです。大森は 相撲好きで、都藤藤士郎Miyakohuji-Hujisirouと言う力士の面倒を 見ていました。ある日、大雨が降って来たので 帰りに藤四郎は 大森から傘を借りました。大森は けちん坊でしたので、節約令を理由に 古い傘を貸しました。しかし その傘は 酷く破れていたので、雨が漏って 傘として殆ど役に立たなかったらしいのです。村人は「借るは借ったが 破れ傘、雨は大森藤士郎」と言い囃し、傘を借る時は「藤士郎を貸してぇな」と言いました。「加茂川の民俗」     都藤藤四郎の供養塔:高梁御津線(31号線)沿いの下加茂梅原260番地の西北緯34度51分41秒・東経133度47分34秒に立てられています。

昔は、夜這Yobaiと言う事が 良く行われていました。勿論 親も認める真面目な夜這いが 主流ですが、時には 若い男達が 性に大らかな娘の家に 単独あるいは 集団で夜に 忍び込む事も あったようです。祭の酒の席で 夜這いの話になった折り、老人に「どれ位の年で夜這いに行き始めたのか」と聞いて見ると、老人は「こぢんぼが、おやす(おおきくなる)位になると仲間に入る」と答えました。また小森の暗い所で、少し年上の娘に手を出した 青年が「こぢんぽ、おえるんか(やくにたつのか)」と言われたと言われます。「加茂川の民俗」

こ:強調の「こ」で「この野郎」等に使われる「この」の意味です 同様な使われ方には「こ堪えられない」が有りま 口合い:気の効いた駄洒落Dajyareの事です 吉備中央町では「「こんな勉強秋田県 滑って転んで大分県」、「エッチ スケッチ ワンタッチ お風呂に入ってアチッチ」「阿呆 糞馬鹿 チンドン屋 お前の母ちゃん出臍」「様ぁカンカン河童の屁」「みっちゃん 道々ババひって 紙がないから手で拭いて もったいないから嘗めちゃった」等が知られています。「一つ左に禿Hageがある 二つ双子の禿が有る 三つ醜い禿がある 四つ横にも禿が有る 五ついつもの禿が有る 六つ昔の禿が有る 七つ斜めに禿が有る 八つやたらと禿が有る 九つここにも禿が有る 十でとうとう禿げ頭」等と言う数え歌もあります。    岡山藩の倹約御触書:安政3年(1856年)に発行さた岡山藩の倹約御触書では 穢多(相撲取 芸人等)の者は 傘の使用が 禁止されていました。 下加茂福原:梅原の間違いでしょうか 該当者の大森氏の末裔の人は 梅原の藤士郎の供養塔近くに住んでいます    小森温泉:小森温泉旅館北緯34度55分2秒東経133度48分7秒に建ち、最盛期にはかつては芸者さんの置屋を 兼ねていたようです。    平成24年(2012年)2月3日

 

聞き做しKikinasi "Animal sound mimiced with human voice"


ホトトギス ある小僧が 大寺に入りました。ホトトギスが「小僧め来たかや」とか「弟んぼ見たかや  芋ぅ食えるぞ」と鳴きました。親元にいたい盛りの小僧は「くそ ホトトギスめ」と思い涙しました。朝早くから 冷たい床から起こされ 庭掃除をさせられていると ホトトギスが 「冷ッこい冷っこい床じゃろ」「小坊主掃いたか」と鳴き、雑巾がけをしていると「雑巾かけたか」と鳴きました。きつい修行が 辛いと思っていた小坊主は「この野郎 ホトトギスめ」と言って辛さを堪えていました。少し修行が進み 鳥を 追い払おうとしたら石に 躓き 転びました。「小坊主こけたか 起こそうか」と鳴くのです。地団太踏んで悔しがりました。修業が進み 剃髪すると「坊んさん剃ったか」「てっぺん禿げたか」「てっぺん掛けたか」と鳴くのです。「此畜生 ホトトギスめ」と腹を立てました。一段と修行が 進み お経を読みながら唱えていると「お教読んだか」「袈裟ぁ着たかや」と鳴きました。「放っておいてよ ホトトギス」と聞き倣ししました。すらすらお経を唱えるようになると「お教あげたか」とか「本尊かけたか」と鳴くので「上げております ホトトギス」「かけてござるよ ホトトギス」と聞き倣ししました。そして一人前になると ホトトギスの鳴き声は自然の中の風流の一つと思えるようになりました。「京都清水寺にて聴取」

 

カッコウ 求愛の時には「カッコウ カッコウ」と鳴きますが、普段は高音で「ピヨピヨピヨ」と あるいは鋭く「ピピピピピ」と囀る場合が有ります。昔 親不幸な郭公が 居ました。母鳥が 餌をとって来て硬い処を食べて 柔らかい処を子に遣りました。子は 何時もお母さんが 先に美味しい処を食べ 自分に 不味い処を 食べさせていると思い、お母さんの食べている物を食べたくて 口から頭を突っ込んで お母さんの喉の中の食べ物を取り出し 食べました。硬くて不味くて 吐き出しました。ふと見ると お母さんは 苦しみもがいて「お父さんには 決して 嘴で 突かないで」と言いました。子カッコウは 謝りながら 何とか助けようとしましたが 母郭公は 死んでしました。子郭公は「ガンコ―ガンコー 硬い硬い」と鳴きました。お父さん郭公は 親不幸な子を 厳しく叱り「お前のような奴の世話にはならん」と怒りました。処が 父親の背中に 虫が付き 痒くなりました。父郭公は 子郭公に「痒い 痒い 背中を掻いてくれ 虫を取ってくれ」と頼みましたが、子郭公は「お父さんを 嘴で突けば 死ぬるかも知れない」と思って 恐ろしくて 背中を掻いて やりませんでした。痒い所に 手が届かないもどかしさに 耐え切れずに 父郭公 は自分が子郭公に言った 言葉を思い出し「頑固ー頑固ー」と鳴きながら 死んで狂い死にしました。子郭公は 悲しみ 反省して「掻こうか 掻こうか」と鳴きました。たった 一羽に なった子郭公を 皆は「閑古閑古」と呼びました。世間に格好が 付かなくなった子郭公は「恰好郭公」と鳴きましたとさ。「祖父の弟より口伝」

著者の知る聞き做し

ウグイス:法法華経 ホウジロ:一筆啓上つかまつり候 ホトトギス特許許可局・行々子・鉄片欠けたか・包丁欠けたか コノハズク:仏法僧 サンコウチヨウ:月星日ホイホイホイ コジュケイ:チョット来いチョット来い アオバズク:坊主来い坊主来い  ヒバリ:利ぃ取る利ぃ取る日ぃ一分 ツバメ:土食って泥食って口ぃ渋ぃ・歯ぁ渋ぃ歯ぁ渋ぃ センダイムシクイ:焼酎一杯グビー カラス:阿呆阿呆・馬鹿ぁ馬鹿ぁ フクロウ:五郎さんホーホー・ぼろ着てホーホー・五郎助ホーホー・糊付け包せ ツクツクボウシ:法師ぃ着く着く法師ぃ着く着く・突く突く帽子尽く突く法師爺ぃ クマゼミ:爺ぃ爺ぃ婆ぁ爺ぃ爺ぃ婆ぁ爺いー ネコ:寝よ寝よ 鳥の聞きなし「www5f.biglobe.ne.jp/~tsuushin/sub8.html」「goo ブログ 無料でブログを作成 - 聞きなしhttps://blog.goo.ne.jp/toshi08126/e/16f5d324ec819700b13b094e9a5002cf」「atky.cocolog-nifty.com/bushou/2010/02/post-7473.html」 平成29年(2017年)3月30日

 

平成29年(2017年)3月31日に【岡山「へその町」の民話-岡山県吉備中央町の採訪記録 立石憲利 吉備中央町図書館 吉備人出版】が発行されました。P411~P412になし「聞きなし」が載っています。ツバメ:嬢ちゃん 赤いままとと添えてさぶさぶ わしゃ虫食う 土ぅ食う 口しービー ホトトギス:弟見たか 芋の首ぅ食うたか・おつさんこけたか起こそうか アマガエル:親が流れる親が流れる トノサマガエル:行こうか行こうかござらばござれ 等が載っています。

 

嘘を付くと 尻に松が生える

「嘘を付くと 松が尻に生える」「 嘘を付くと 背なに松が生える 」「嘘を付くと 肩に松が生える」とも 言います。「一度嘘を付くと その嘘を隠すために 新たな嘘を付く必要に迫られ、そして又 それ等の嘘を隠すために 新たな嘘を付く必要に迫られ、ついには嘘を隠しきれなくなくなります。 そうなると 世間の批判を受けることになり、信用を失い 人生生活に大きな支障をもたらすことになる」との意味です。ここで使われている松は  松明Taimatuの事で、松とは 岡山の方言で「火の明かり」を意味します。尻や背中に火のついた松明が生えるのですから、 自分には松明が見えませんが 他人からは丸見えです。つあり 悪事の目印を付けて歩いているようなものです。嘘を重ねると ついに言い逃れの種も尽き 抜き差しならぬ状態になり  にっちもさっちも行かなくなります。「尻に火が付く」から発生した言い回しでしょう。「尻に火が付く」とは「 「事態が差し迫って 追い詰められ 逃げ場を失った状況になる あるいは  物事が差し迫っていてどうしてよいか解らず 慌てふためいている状態になる」 と 言う意味です。 平成29年(2017年)3月30日