面白い岡山弁の説明 interesting Okayama dialect

あずる:①崩岸azu(崖の崩れしていてはどうすることもできず てこずり・もがき・困る、 足擦る足ヲバタバタする様) 寝相が悪い 苦労する もがく 

 

いっとろばい  いっとろべぇ:衣服などに付くオナモミ センダングサ メナモミ ミズヒキ キンミズヒキヌスビトハギ等の種の総称 語源の由来はb知りません。ヌスビトハギの種子がb衣服にべっとりと付くと 取りずらiものです。衣服よりもv親和性のあるウエットティッシュ不織布マスク タオル等で拭くと 効率よく取れます。著者は  ウエットティッシュを愛用しています。いっとろべぇの代表格は ヌスビトハギです。実の形が 忍び歩くこそ泥棒の足跡に似ているので 盗人萩と言うそうです。秋に草叢を歩くとbいつの間にか盗人の足跡がv衣服に付いてきます。とろべえ(泥兵衛)とは泥棒の意味だと思います。埼玉県南部では いっとろべえを どろぼうと呼ぶそうです。 

 

嘘ぅつくと尻に松ぅ生える:嘘をつくと尻に松が生える 松が尻に生える 背なに松が生える 松が 背なに生える 尻に火が付く 一回嘘をつくとその嘘をごまかすために新たな嘘を言う事になり 最後にはにっちもさっちも行かなくなる 

 

うったて うたって:毛筆で文を書く時 最初に筆先を紙に当てる時は 筆を立てて毛先を紙に打ち付けるように気を集中するものです。そのため起筆することを「打ち立て始める」と表現しましたが、時代が過ぎると「うったて始める」と表現するようになり、更に時が過ぎると「「うったて」が「始め]の意味となり [うったては肝心だ」(何事をするにも始めが肝要だ」とか「あの映画のうったて部分は面白い」(あの映画の初めの部分は面白い)等ように使われるようになりました。 起筆 一番最初に筆をおく所 毛筆での書き始めx最初の一歩

 

オコゼが軍艦ぶって西ぃ西ぃ向かうようなブス:岡山県の一部に伝わる伝説では 神功皇后は 魚好きであり 三韓征伐に当たり 玉島川で鮎釣りで誓約(ukei)をし吉兆を得て新羅に向かい西へ西へと軍船団を進め その際 大小の魚が 軍船を背負い 新羅の中程まで推し進めたとされ,その時 醜いという言う語源を持つオコゼが あたかも軍艦の風で 船団を先導したとされます。そうでなくても醜い顔のオコゼが 闘志満々の形相をしていたのですから さぞかし恐ろしい顔付きだったのでしょう。:物凄いおブスのことで  関東で言う鬼瓦ような顔のこと

 

源助:松江大きな橋架けるようとしたが災難が多くうまく架けられなかった。人身御供を立てようということになったがmそのときお頭の回転の悪くおしゃべりの源助がよせばよいのに話しに加わると 「人身御供になってくれるよう」頼まれました。その意味を知らない源助は承諾するやいなや無理やり縛り上げられ水神の生贄として人柱にされました・余計な事をしゃべってしまった。愚人源助とは 思うように行かない 愚人、のろま、馬鹿 阿呆の事を言うようになっらしい。松江大橋 源助柱 | 日本伝承大鑑 (japanmystery.com)

 

 権太 gonnta:腕白者 悪ガキ 悪者ゴロツキ 歪の権太は浄瑠璃義経千本桜」に登場する 屋の彌左衛門の息子で 無法者であったが話題が進むうちに悔悟し 妻と子を平維盛 Taira-noKoremori の妻と子の代わりに差し出し 自らは父に切られ死を選んだ。   

 

はっとうばり 法度張り:通行止め 法度張 通行止めの柵 とうせんぼう等 

 

はとぅじ:八塔寺(hattouji)と言う寺が 備前市にあります。八塔寺の修行僧は 托鉢や薬販売のため,村々の家庭を訪ねていましたがので、余りに忙しく 風呂に入る暇がありませんでした。汗汚れは激しく体臭はひどく悪かったそうです。そこで村人は臭い物を「八塔寺の坊主のようだ」と 表現し、臭い匂いを放つカメムシを ㇵットウジと呼びました。ハトウジと省略して呼ぶ人もいます。カメムシ(屁)コキムシ