三谷のコトコト様 Kotokoto-Sama in mitani


加茂川町地域等では 1月4日 山の神 田の神 先祖霊である歳神様が 歳神様の依代である門松を立てている家庭を 訪問して 家を護ってくれる事に感謝し おせち料理を振る舞います。すなわち 天からの授かりものである子供達を 歳神とみなし 歳神が 村の家庭に訪問をしている事を知らせるために 雨戸等を コトコトと鳴らします。家主は 神様と一緒に食べる食べ物である お餅の雑煮と お節料理を奉納するのですが 実際には 三賀日に食べ切れなかった お節料理や 蜜柑Mikanや 菓子や お年玉等を そっと差し出します。御馳走等を 頂くと 神様は 目に見えない筈ですから 子供達は 家主に見られないように 逃げます。歳神を 家主が見つけると 歳神でなかった事になるので 神様が訪れた事にならないので 歳神のご利益を失います。そのため 家主は子供達を見かけても 見えなかった振りをします。昭和中期の頃は 実際には 堂々と 玄関から家庭を 訪問し 家主から 直接ご馳走を 手渡ししてもらっていました。御馳走は 多くの場合 蜜柑と 飴玉で 現金収入の少ない時代に 滅多に買い求められない 魚や 甘い物を 食べられる喜びに 子供達は 心を躍らせました。現在でも 多くの農家は 戸に鍵を掛けませんが 昭和の頃に 鍵をかける家は 皆無でしたので 普段から自由に 家庭を訪問でき 村中が一つの家族のようでしたし 訪問された家主は 歳神を見えなかった事にするので 子供達のこの行為だけは 親に 報告されませんでした。知らない人への声掛けや 隣人に 迷惑をかけないようにする習慣と同じような いわゆる5人組の共同責任社会の名残だったのでしょう。昭和30年頃にはコトコト様の行事は 見られなくなりました。「三谷日名の村人のより口伝」「加茂川町の民族」「著者体験」    ホトホトコトコトなまはげ多くの場合 この小正月の夜の行事で 村の若者達が 歳神に 変装して 家々を訪れ 祝儀の辞を述べ 餅や お年玉を頂き 青年であれば 酒で持成されます。 仮装は 地方ごとに 色々です。中国地方 や四国地方では「ホトホト」「コトコト」等と 呼ばれます。本来は旧暦1月15日の夜の行事です。 歳神は 大晦日に来訪するとされますので 大晦日の行事の事もあります。三谷では 昭和初期迄1月14日のドントの夜に トントン様と言う行事もしていました。https://kotobank.jp/word/ホトホト」「https://w.atwiki.jp/eddyworld/pages/32.html」  平成26年(2014年)10月17日