高富 馬方の鬼退治 Ogre extermination by packhorse driver


馬方が 正月前、塩と鰤buriと酒を 買いに行って、帰る時の事じゃ。この辺り は 鬼が 良う出ると 言う事を 聞いていたんで、前を見て、横を見て、後ろを見て 用心しながら帰 り道を急いでいたんじゃ。じ ゃが、用心しても そんなもんは 何の役にもたたんで 残念な事に 赤鬼が出て来て「馬方 待てぇ  馬の背の塩と 酒ぉ よこせ  塩と酒ぉよこすか それが 嫌なら命ぅ よこせ」と 荒ぶるんじゃ。獅子が唸るような 低くて 腹に響く声で、金棒みたいな 腕を 頭の上へ掲げて 迫ってくるんじゃけぇ 殺されるかも知れんと 思うて 命乞いをして 嫌々塩を やったんじゃ。ちいと行くと 今度は 青鬼が出て来て「馬方待てぇ  馬の背の鰤ぅ よこせ  鰤ぅよこすか  命ぅよこすか」と 口を 頬まで 開けて 白い牙と 赤い舌を 見せていがるんで、又 命乞いし鰤を やったんじゃ。きょうとうて 急いでいたら、今度は黒鬼が 出て来て「馬方待て  馬の脚う よこせ   嫌なら 命ぅよこせ」と 眉を吊り上げ 目をひん剥いて ちばけた事を 言うもんで 足を一本やったんじゃ。

馬は トンバラガセ トンバラガセと3本足で 歩 いたんじゃ。暫くすると 白鬼が出て来て  両手を広げ はっとうばりにして「2本目の馬の足u横須賀ぅよこすか  命ぅよこすか」と さばり付いて言うので、2本目の足を やったんじゃ。馬が ポッカンポッカンと2本足で 器用に歩いたんじゃ。暫くして また 黄鬼が 出て来て 足 を踏ん張り 大石を 蹴飛ばして 見せ「馬の足ぅ よこすか  命ぅよこせ」と けなりそうに 言うんで、3本目の足を やったんじゃ。これじゃぁ 馬ぁ歩けなくなったんで、しょうことなしに 馬ごと やったんじゃ。なんもかんも さらえられ、悔しゅうて 悔しゅうて 仇ぅ 取ろうと 思うんじゃが、真っう向勝負じゃぁ どぎゃぁも こぎゃぁに もならん「ともかく 鬼の住処(Sumikaぁ突き止め よう」と思ぅて、 鬼の後を 悟られんように 付いて行ったんじゃ。鬼が 家に着いたんで 物陰で様子を 見とったら、宴会を 始めたようなんじゃ。裏木戸か ら中の様子う 伺うと、鰤や馬ぁ 煮たり焼いたりし 酒のあてにし、馬方の話 を添えて「今日は 良い物を 呉れた ちょれぇ お人好しもおる者じゃ」「じゃ あの男ぁ今頃 どうしとるじゃろうのう」「悔しうて 寝れんじゃろうのう」「じゃぁ 敵討ちにでも 来てくれんかのう」「返り討ちにして 取って食うちゃるのにのう」と ちゃぁちゃぁ しぃしぃ 酒盛りを しておったんじゃ。良ぇ酒じゃったんで、酒が 進んどるようじゃった。もう 呂律Roretuも 回らんで  立つと ひょろどうて 1歩も歩けん程に グデングデンの酔いたん坊に なっとったんじゃ。酔うて 寝るんを 待っていると、塩梅良ぇ事に 鬼ぁ 寝床を 暖炉Danro)代わりの釜の中に したんじゃ。程良う 温たかったんで  互いに 上に 寄り添うて 寝るんじゃけぇ、年の瀬の寒さも 苦にならんじやたんじゃろう。そけへ  近付くんは きょうてぇの じゃが、勇気ぃ 出して 足ぃ竦むんを  手で   押さえ 堪えに堪 えて 蓋を閉めて、音が しないように 大岩ぁ 一つづつ 天井に たう程 ぎょうさん すけて 鬼共が  出られんようにした 後で、釜の下から 火ぃ付けたんじゃ。まぁ  鬼共ぁ 良う寝とる。鼾ibikiぅかくもんもおった 程じゃ。始めは チョロチョロ 燃えとった。火に 油を注いで、火吹き竹 で煽ると ボンボンと  燃える音が したんじゃ。赤鬼が「ボンボン鳥が  鳴いとる  ボンボン鳥が 鳴いとる  えぇ気持じやぁ  ねぶてぇ」と 赤ら顔を 綻ばせて 寝言を言うたんじゃ。もっ と焚くと「尻の方が ヌキぃ 尻の方が 温ぃ」と 青鬼が 青眼ぇ細めて 寝言ぅ言うたんじゃ。もっと焚くと「ヌクアチぃなぁ  温熱ぃなぁ」と 黒鬼が 黒目を 躍らせ て寝言ぉ言ったんじゃ。もっとぎょうさん油を 注ぐと 「ちいとアチぃ  小いと熱ぃ」と 白鬼が 白川夜船で 寝言を 言ったんじゃ。更に 団扇utiwaで 扇ぐと「アッチッチッチ  焼け死ぬ  まえてくれ」と 黄鬼が 黄色い声を上げたんじゃ。 馬方ぁ 「お前ら 鬼ども ようま  わしの大切な 正月用の塩と 鰤だけじゃぁのうて 馬まで盗ってくれたなぁ  ごうがわく  よぅけぇ苦しめ」と 言い 薪takigiを く べたんじゃ。暫く 中で バタン ゴトンと 大仰に 鬼が 暴れ苦しむ音 がしていたんじゃが、ついに コトとも 音が せんようになったんじゃ。熱くなった 大岩が 冷めるんを 待って 恐る恐る 大岩を 取り除い て見ると、鬼どもが 焼け焦ぎて 死んでいたんじゃぁ。「村人口伝」   吉備中央町の民話(1)馬方と鬼」 よく似た話に「孫と山姥」が有ります。    荒ぶる・あらぶる:荒っぽく振る舞う どなる    小いとTiito:少しばかり    威がるIgaru:威張る 大声を出す    恐体Kyoutei恐ろしうて怖い    ちばける:ふざけた冗談を言う    法度張りHattoubari:とうせん棒 通行止めの用具 ばり付く:張り付く 付きまとう    けなりい:うらやましい    しようことなし:しかたなく    攫えるSaraeru:根こそぎ取る あて:酒の肴 ちょれぇ:ちょろい ちゃぁちゃぁ-しぃしぃ:ペチャクチャとおしゃべりしながら 酔いたん坊:酔っ払い 仰山Gyousan:沢山 すける:乗せる ねぶたい:眠たい まえる:水で薄める 業が湧くGou-ga-waku:腹が立つ  平成24年(2012年)3月16日