上田東 化石・血の池・Fossil/Blood Pond/Sulfur gas

上田東に吉備中央町かもがわ総合スポーツ公園が建ち、矢球場の東に駐車場が有ります。この辺りは江戸中期迄の庶民の墓場だったそうです。かつては海底であったらしく、粘土質の堆積層からなる砂岩で板状に割れる性格の地層でしたが、公園整備のため殆どが崩されました。ここから得られる砂岩からは、木の葉等の種々の化石が採取できたそうです。この地層の一部には硫黄臭のする可燃性のガスが噴き出しており、またここには真っ赤な水を湛える池が有ったそうですが、公園整備の折りに埋められたそうです。「目無の住人より口伝」「」円城馬ヶ坂で草刈りをしていた村人より口伝  野球場の南側の道に入ると北緯34度53分40秒・東経133度49分14秒辺りでは確かに現在も硫黄臭が漂います。

 

池田光政が岡山に赴任し財政改革・寺院や神社の統廃合を進めようとしましたが、土地の豪族は抵抗しました。怒った光政はその豪族を粛清する為に攻めかかり、豪族の首を刎ねました。血塗られた刀を池で洗うと池は血の色に染まりました。スポーツ公園整備前まで赤い水を湛えていましたが、公園整備に伴い埋められました。「目無の住人口伝」 同様な伝説は本宮山付近にも残ります。行事伝説・正月を祝わない訳」の項目を参照ください。

平成29年(2017年)5月28日