吉川 千木 烏の警告 Warning by crows


 昔 虎倉城は 栄えていたので 伊賀家には 岡山城(烏城)から受け取るなどした  多くの 宝物が ありました。虎倉城の城主 伊賀久隆が 上司の岡山城主 宇喜多直家に 毒殺されると、子の伊賀家久は 虎倉城を 捨て 吉川千木 に 逃れて来て 直家の追撃を恐れ 虎倉山に 潜み 久家に 従って千木に来た 伊賀主計に 伊賀家の宝物を 隠すよう命令しました。主計は 何処に 隠すべきか  散々悩んだ挙句 屋敷内に あった 神聖な  火の釜に 埋めれば  誰も  掘り出さないだろう」と  火の釜に 人知れず 埋めました。主計は 火の釜を 主計大明神 と 名を改め、以前にも 増して 火に釜の祭を 厳格にしました。案の定 子孫の者も「まさか そこに 虎倉城の宝物が 埋められている」とは 知らず 掘る事は 有りませんでした。主計も 年を取り 秘密を 跡継ぎに 密かに 伝えました。子孫の頭首は 主計の教えを守り 秘密を 守り続けました。ところが 昭和の大戦争後の不況に 耐え切れず「先祖の宝物を 皆で 掘り出し、親戚の者で 山分けしよう」と 言う事になりました。皆で 鍬Kuwaや 鶴嘴Turuhasi 等を持ち寄り 火の釜を 掘り始めると、烏が やって来て「アホー アホー」と 鳴きました。「烏の奴 俺達を 馬鹿bakaに して  あっちに 行けぇ」と 追い払い 作業を続けました。すると 烏は仲間を呼んで来て「クロー クロー」と 鳴きました。「苦労は 承知だ  あっちへ行けぇ」と ばかりに 掘り進めると、烏は 又 又 増え「ヒッヒヒ」と 鳴きました。

「不吉な鳴き方だ 烏が鳴くと 火事になると言うぞ  気を付けろ」と 言って掘り進めようとすると 煙草Tabakoの吸殻の火が 枯れ柴に 移り 炎を 上げました。皆は「烏が 何か伝えようとしている」と 思いながら 慌てawateて火を 消しました。しかし 欲は勝り、又 掘り続けようとしました。又  又  又  烏は 増え 飛び回り満天を覆う程に 増えました。する と烏達は 口を揃えsoroeteて「ジシン ジシン キキ キキ 」と 鳴き 飛び回りました。「益々 不吉な鳴き方だ  烏が鳴くと 地震が 起こると言う  烏が 鳴くと 誰か死ぬとも 言う  危機危機と 鳴いて 危機を教えている」と 話し合いました。頭首は 迷信を 信じて 火の釜から 離れるよう 指揮すると案の定 地震が起こり、大岩が 崩れ 指揮をしていて退避に遅れていた 当主が 押し潰されそうになりました。皆は「烏のお陰で 命拾いした  烏城の宝を掘り出すな  もっと大切な 使い方を考えろ」と 導いていると思い、火の釜を 発掘するのを 中止しました。すると 烏の群れは 飛んで行きました。そのお蔭で 主計の子孫は 心弾む 宝物を 胸に秘め、広い心の持ち主になって 平和を愛し 今 も幸福に暮らしています。「吉川 千木 平松の村人よりの口伝」 烏は 見慣れない事が 起こると 野次馬Yajiumaと なって 偵察に 来たり、仲間が 騒ぐと 集まって来ます。仲間が罠に掛ったり、仲間が 死にそうになると 異様な鳴き方をし、その場の上空に 集合し 飛び回ります。現在の伊賀主計大明神は 大岩が 乱雑に並んでおり、古墳の形状を 失っています。奥側にも 巨岩が 2個と数個の小岩が 有ります。今も 千木 伊賀家の守り神として 祀られており、頭主は「必ず 宝物は 埋められていると 信じる」と おっしゃいました。   伊賀主計大明神:吉川千木守奧7170番地の隣地 北緯34度50分10秒東経133度44分51秒    守奥:屋敷の裏(奥)に 有る 先祖霊祭祀の対象の主計大明神を 護る地と 言う意味から生じた地名でしょう。    平成26年(2014年)8月9日)