磐長姫の祟り curse by Iswanaga-bime


豊岡上の岩屋に 大岩を切り取って 岩山神社が 建てられています。御神体は 大岩の盤長姫命Iwanaga-hime-no-mikotoで、一生に一度だけ 願い事を 必ず叶えますが、邪心を持った願い事をすると 祟り殺されます。遣わしめは 角を持つ白蛇で 社の手前の四角い汲川を 住処にしています。「加茂川町史 土動地で村人より口伝」

 

豊岡上 クチナワの嫁取 Taking a wife by the snake who is a Iwanaga-bime's family and relations

村に3人の娘を 育てていたお父さんが 居ました。お父さんが、田圃の水を見に行くと 物凄い数のガマガエルがいて 触る と白い汁を 吹き出し 皮膚が 腫れ上がりました。お父さんは 田植えができず困って 岩山神社に参り「毒蛙を 退治してつかぁせぇ」と お願いしました。

磐長姫命は「解りました わたくしの遣わしめに命じて退治させましょう」と 約束しました。お父さんは 喜んで帰り、田に行ってみると 大きな龍の様な 角の生えた白蛇が いて 頻りに 毒蛙を 食べていました。毒蛙は すっかりいなくなりましたが 大蛇は 水口の脇に とぐろを巻いていて 帰ろうとしません。追い払おうとすると 「ハー」と 溜め息を吹き掛けてきます。吐く息に 毒蛙の毒が 回っていたので 息が掛かると 皮膚が 腫れ上がり 吸い込むと喉がひりつくのです。又も困り果てた お父さんは 霊験あらたかだった 岩山神社に 参詣し「神様ぁ あのクチナワぁ 退治して退治して つかぁせぇ」と お 願いしました。神様は「うちは2度は 願いを叶えん 主義です  それにあの クチナワは うちの遣わしめです  うちに遣わしめを 退治しろとは 何と言う いけずなず 邪な糞 を頼むのですか  邪な願いをする者は 祟り殺すのが うちの信条です  祟り殺すが 良いですか」と 言うと、お父さんは 後悔して「わしの心得違いじゃ  何でも 言う事に 従がいます」と 許しを 乞いました。すると、神様は「何でも言う事を 聞いてくれるのですね  本来なら 祟り殺すところですが うちの遣わしめの クチナワが 恋煩いKoiwazuraiして 帰って来ないので 困っているのです  助けてくれますか  お父さんの3人の娘さんの内の一人に 一目ぼれしたのです  遣わしめの嫁にくれるなら 筋を曲げて お父さんの罪を 許しましょう」と 言いました。お父さんは 青菜に塩で 家に帰ると「娘をクチナワの嫁に せにゃぁならん事になった 誰か 嫁になってくれんか」 と 娘達に 頼みました。一番上の娘は「嫌yaじゃ  お父さんが 祟られりゃ良ぇじゃろう」と 言い、二番目の娘も「嫌じゃ クチナワの嫁になる位なら 死ぬる」と 言いました。末娘は「神様は一生に 一回の願い事なら必ず聞いてくれるんじゃな  ほんなら うちがなろう」と 言いました。

お父さんは 余りの末娘の 優しさに「不憫じゃ  出来そこないの お父んを 許しておくれぇ」と 泣き出しましたが、末娘は ニッコリ笑って「明日りぃ岩山神社に 参って神様の遣わしめにして つかぁせぇと 頼むんじゃ 神様の遣わしめ 同士の夫婦なら 不幸と思わん」と 言いました。それから 間もなく、岩山神社の蛇の住まいの汲川に 夫婦の白蛇が 楽しそうに 仲良く 遊ぶようになりました。「三谷野呂の百怪談」三人娘の嫁取の童話は「カッパのけっこん」    岩屋・岩山神社:豊岡上 北緯34度54分48秒東経133度45分39秒 磐長姫命:大山津見神Oo-Yamatumi-no-kamiの娘で、木花之佐久夜毘売Konohana-sakuya-bimeの姉 石の神 岩の神 永遠の神 不老 長生の神の神であり、ご利益は 健康長寿 縁結び 子授け 就職 入学 男女や企業間の縁結び 離縁等    クチナワ:蛇    いけず:意地悪を表す女性言葉    邪な糞・じゃなくそ・ジナクソ:悪い事 無茶苦茶な事 悪戯        平成24年(2012年)4月14日

 

磐長姫の祟り Curse by Iwanagabime godddes


昔、下加茂に 為治と言う名前の百姓が 住んでおり 働き者で安産タイプの妻を持ちたいと思っていました。友達の弥太郎が 仲を取り持ち 円城の娘のお亀を紹介しました。親友の常佐は円城の娘とは 気にいらんようになっても 離婚せられんぞ」と 忠告しましたが 為治は がっしりした体に物を言わせ 良く野良仕事をし おまけに優しい性格だったお亀が 気に入っていたので結婚しました。数年は 平和で仲睦まじく暮らしましたが ある年江与美Eyomiの方から悪い風邪が流行って来ているので「風邪送りをしようと 義太が 言い出し 小森の親戚に頼まれ為治も 加わり 利三郎 多忠太 柳次 直平 亀吉 勘蔵 麻平 栄蔵 滝右衛門 光太郎 安三郎 幸之丞 藤五郎 源次郎 茂平治 熊吉 等が 天津神社の近くの利三郎の家に集まり 風邪退治の気勢を上げようと いう事になりました。皆は いつも旭の者が 小森に向けて虫送りを毎年していたので 「 旭に向けての風邪送りをして 虫送りのし返してやろう」と 話が盛り上がりました。風邪送りの途中 小森温泉の置屋の女将の菊納に 偶然出会って浮いた話をし 女将の菊納も ノリノリで「只で飲み食いさせてくれるんなら 好き者の芸子を連れて行く」と 言ったものだから、男達は奇声を上げ 同意しました。しかし大雨に成り 風邪送りは中止され 天津神社で 芸子を交え 飲めや歌えの大騒ぎを しました。夜も更け一組 一組 カップルが 席を外して行きます。為治にお藤と言う芸子が 寄り添い手を握って来ました。為治はお亀にはない その張り付くようなしっとりとした手や 肌の官能的な感触に 愕然としました。お藤も 為治の堅い筋肉質の体と 初心な性格が気に入ったのです。そして、二人は深い仲になると 治は「妻がいなくなれば良ぇ」と 考えるようになりました。離婚したいのですが 妻は円城の娘なので恐ろしく どうしても 離縁を 言い出せませんでした。ある時 定光寺の庄屋の浅太郎が 下加茂にやって来て 何やら悩む為治に「岩山様は一つだけの願いなら 必ず叶えてくださる」と 教えてくれました。為治は「良い話を聞いた」と ばかりに 取るものも取らず 岩山神社に向かったのです。道に迷うと 伊太郎や 台五郎に 道を聞いて 定光寺に向かい さらに狐穴で 豊之丞に土動地方向に向かう道を尋ね やっとの思いで岩山神社に辿り着きました。断崖に囲まれた社は 御利益を 予感させました。手と口を浄め「妻が亡き者に成りますよう」と 唯それだけを 必死にお願いしました。満足し 帰ろうとすると 汲川から水音が 聞こえました。汲川を覗き込むと 石垣の間から 頭に角が生えた白い大蛇が 赤い目をこちらに向け 舌を激しく出し入れしていました。為治は「使わしめが 自分の顔を確かめた 願い事は1つだけじゃった  必ず願いは叶う」と 信じて嬉しそうに帰って行ったのです。早速 お藤に合いに行くと お藤は熱を出しコンコンと苦しそうに 咳をしていました。よせばよいのに 一晩をそこで過ごし お亀の所に帰って行きました。すると 為治は3日後に 発熱し 喉を痛がり咳と腹下しをし始めました。お亀は大 切な旦那様が 病気に成ったので 野や山田や畑を駆け巡り薬草を 集め飲ませました。ありとあらゆる看病を 続けましたが 葱を鼻に刺し込んだり 頭を冷やす事に 多少の効果あっただけでした。それを見ていた 親戚の網太郎と 仙三郎は「しきりに仕事中に 山鳩が鳴いとった  為治が病気になっとたんか  何うしとるん 祈のれくすれ医者気付け じゃ  加持祈祷じゃ  勢力じゃぁ  名梅Nabaiの庄次郎は 木野山神社に参ってくれぇ  尾原の栄蔵は 杉谷の才の神宮に 参ってくれぇ  御上)さんは 千度参りをしんせぇ」と 言って 祈祷師を呼んで 祈祷させたり 自分たちも 念仏を唱え 踊ったり 歌ったりしました。祈りの効果も空しく 為治が死ぬ事が解って「医者に見せよう」と 言って屋根職人の庄次郎 英介 亀之助 光太郎を 屋根に登らせました。医者が 駆け付け「手遅れじゃあ  お死にんさった」と 言いうと 屋根に上って待機していた 屋根職人等は 破風Hahuの前で 鉦をガンガン叩いて 空に向かって「為治の魂  オーイ オーイ  戻れえー 戻れえー」と 叫んだのですが 魂は フラフラと揺れながら 空に飛んで行ってしまいました。博労が お亀に近づき「毛替え(Kegaeせられぇ  火替もせられぇ」と 言い、陰陽師が「御兄弟に こんな名前はどうじゃろうか」と 言いながら近付いて来ました。牛を買い替える約束をし 兄の護を理彦とし 妹に和子を登美子と名前を変えました。そして同い年の者が「悪い事聞くな」と 叫んで耳塞ぎNinihutagiを 鍋蓋でしました。中には 豆を炒って食べる者もいました。僧侶の幸蔵と 桶担ぎの虎之丞 藤吉も 出番を 虎視眈々と 狙っていました。樵Kikoriの豊之丞が あちこちの山道を駆け回り 葬Souを言うと 庄吉 庄次郎 庄八 庄蔵が 話を広げ噂を 千里に走らせたので 浅太郎にも 噂が届いたのです。浅太郎は 為治の御霊前に詣で「済まんかった 邪心の籠もった お願をするとは 思わんかった 邪Yokosimaなお願をすりゃぁ 岩山様が 祟り殺すと 言う事を伝え忘れとった」と 謝りました。喜平次は「浅太郎のせいじゃぁななかろう 為治は 自分勝手なお願いをしたんじゃろうけぇ 仕方あるめぇ」と 為治の妻の手を 熱い愛情を込めて取り 励ましました。石屋の英介と 葬儀屋に 魚を売り付ける網打ちの儀平は 嬉しそうに見ていました。風が 吹けば桶屋が もうかるからです。「岩山神社伝説」「提婆宮恨み釘伝説」「加茂川地区の迷信」「小森の風邪追い」「小森湯所村人口伝」

小森湯所村人口伝:かつて小森温泉に 置屋があり 湯所荒神祭等には多くの芸者さんが 呼ばれました。三谷や小森の集落の人達も 利用していた。今は 置屋もなく 芸者さんもいない。    江与味川戸小風呂:北緯34度56分41秒東経133度48分5秒 江戸時代中期までは 庶民の墓の建立は 禁止されていました。その時代の死体の処理場です。多くの人は風葬され 一部の人は 饅頭型の塚を造ってもらえ 自然石で墓標を造られるのは 稀でした。 天津神社:小森百坂 北緯34度55分44秒東経133度48分38秒    小森温泉:小森湯所 北緯34度54分59秒東経133度48分8秒 常光寺:現在は 上光寺と知名が 変わっています。 狐穴:豊岡上 北緯34度54分33秒東経133度45分35秒    土動地池:豊岡上 北緯34度54分38秒東経133度45分38秒 木野山神社:高谷1038番地の北 北緯34度51分49秒東経133度46分42秒 伝染病に ご利益があります。 杉谷の才の神宮:北緯34度56分36秒東経133度45分6秒辺り 才の神は 伝染病の村への侵入を 防ぐ神です。    円城の娘:「円城の娘を離縁すると提婆が走る」「加茂の提婆は人を取る」と 伝説されます。円城寺提婆宮恨み釘の名所です。    山鳥が鳴く:「しきりに 仕事中に 山鳩が悲しそうに 鳴いいている時は 親戚の者が 病気に成る 」との伝説    祈のれくすれ医者気付け:医学知識のない昔には 岡山県や香川県の限られた地域では 人が病気すると まず 祈祷し それに効果がない時は 薬を使い それも効果がない時に 医者に見せました。    風邪のくすれ:ニンニク シソの葉 ショウガ ミカン7の皮 桂皮(辛温効果) ダイコン 味噌 菜の根 ゴボウ ナシの皮 スイカズラ 葛粉Kuzuko 菊花 ハッカ(熱放散) ヨモギ 枇杷Biwaの葉 クコ クチナシ ネギ(解熱) カキの葉 アマチャヅル カリン(鎮咳) タンポポ 卵酒 葱酒 花梨酒 マムシ酒 イモリの黒焼 勢力・助成祈祷勢参り:四国八十八所めぐり等の遍路等 破風:屋根脇の三角形の装飾や窓 魂戻れ:死人の魂は 破風から 逃げ出すとされ 魂を呼び戻せる 場合があるとの伝説 毛替え火替え:家の主人が死ぬと 牛を買い換える風習や 竈等の灰を取り換え 古い食べ物を 食べ尽くし 新しい食べ物だけにする習慣 名前変え:兄弟が死ぬと一人だけで黄泉Yomiの旅をするのが 寂しいの で残された兄弟を地獄より 迎えに来ると言うので 死んだ兄弟と兄弟でないと思わせるために 残された兄弟の名前を変 える習慣 大抵は子供の場合にするのですが 時に大人でも名前を変えました。 耳塞ぎMimihitagi/Mimihutage同い年の者の死の時の呪法 餅や団子物 等で耳を塞ぎ「悪い事聞くな良い事聞け」等と 唱え 耳を塞いだ物を 川や村境へ流し 穢ぎ清める習慣    豆を炒って食べる:豆撒の時炒り豆を歳の数だけ食べ 正月に餅を歳の数だけ食べる習慣があります  食べる数を 違える事で 同い年でないと 見せかける習慣    葬を言う・葬使い:葬式の知らせを 受けた物が 使いに 暖かい飯と酒を 振る舞い 草鞋Waraji1足と米1升を 貰える習慣 「加茂川町史」「加茂川町の民俗(葬儀の迷信)」        平成24年(2011年)1月27日