下加茂 明神山    雲母を消した狸 raccoon dog who eliminated mica


三谷 細田 上田 下加茂 竹部 笹目 江与味には 銅や 水晶が 産出しました。山師が  鉱脈を探しに 明神山に入り あちこちを掘りました。そこに 住んでいた狸は 住処が 次々に荒されるので 腹を立て 蔓草や 茨を育て 歩き難くさせたり 道標代わりの石や 目標物の樹に 化ける 等して 道に 迷わせたりして 山師共を困らせました。

困った山師達は 狸退治しようと 言う事になり、勇気のある五作が 狸狩りに 鉄砲を持って山に入りました。落ち葉を踏むと 滑ります。滑り落ちそうになり 木の枝を掴むと 枝はスルリと 逃げました。落ち着こうと 煙草Tabakoに 火を付けようとすると 椅子代わりの切り株は 逃げ出しました。「誤策じゃった。うっかり煙草も吸えねぇ。」と 言って諦めて 帰っていきました。次いで 六作が 山に入りました。囮Otoriの餌を 付けた罠を 仕掛けました。翌日見に行くと 狸が 罠に掛っていました。勝ち誇って 狸に近付くと 似たような罠が 物陰に有ります。目を凝らし 2つの罠を 見較べ どちらが 自分の仕掛けた罠か 調べようとした時 バチンと 音がして 足がコブツに 掛りました。「なんたる無策じゃ。うっかり仕掛けると 真似\をされる。」と 言って 諦めて 帰って行きました。こうして 狸の仕掛けた落とし穴や 足輪や 滑り台や ハットウ張りTousenbou 等 罠に掛かり 怪我をさせられる者が 続出しました。この話を聞いて 四国の金比羅様で 修業していた 広右衛門が 里に戻って来ました。からかい半分で 修行の邪魔をしようとする金比羅山のの化かし方を 沢山見聞きしていたので 狸の騙しの技術を 知り尽くしていました。村の人達に 頼まれ 狸を懲らしめるために 広右衛門は 山に入りました。すると 狸が可愛らしい娘に 化けて現れ 目配せをするのです。広右衛門は「わしぁ 熟した女子Ongoが 好きじゃ。若い娘は お小用Okoyo臭くて好かん のう。 狸のお嬢さん。」と 言うと、狸は「鼻の下の締った 小父さんじゃ.」と 言い言い 退散しました。

狸は 今度は 山姥Yama-n-baに 化けて現れました。広右衛門は「山姥になるには1000年はかかろう。明神山の山姥の歳は なんぼじゃ。その程度の顔の皺siwaじゃぁ まだまだ ピチピチの娘の内じゃ。狸のお姉さん。」と 言うと 狸は ¥ びっくりして「嬉しい事を言うてくれるお人じゃ。婆化Bake損じた。」と 走り去りました。今度は 狸が 鬼に化けて 現れました。広右衛門は「鬼か。本真Honmaの鬼の角は 鹿の角のような筈じゃ。牛の角げじゃけぇ きょうとうない。鹿も知らんのか。へなげな狸のお兄さん。」と 言いました。牛の角を付けた鬼の狸は「見抜かれた。危うい。」と 思い 慌てて 逃げ出しました。狸達が殿様の行列に化けて現れ「無礼者。 道を開けよ。 無礼打ちに致す。」と 凄みました。広右衛門は「備前の殿様は 狩りをする時ぁ 10人の供と 決めとる筈じゃ。豪勢にも 15人供がおる。人集め…じゃぁねぇ 狸集めも 大変じゃたろうのう。」と 言って 鉄砲を構えると 狸達は蜘蛛kumoの子を散らすよう に藪に隠れました。さんざん お父さん お母さん達が 広右衛門に苛め)られたので、子狸が 仇を取ろうとしました。子狸の技は 未熟で 桃(にしか化けられませんでしたので 桃に化けて転がって見せて 広右衛門を 脅かそうとしました。広右衛門は「桃の実は 確かに 霊力があると聞く。団栗Donguriコロコロじゃぁのうて 桃の実 子狸小狸Kori-koriじゃ。熟霊力のある桃の実なら 熟んUnで 落ちる程煮に なっとる筈なんじゃが ちぃとばぁ青ぇな。」と 言うと、桃は 熟れて桃色になりました。広右衛門は「ちぃとばぁ硬ぇ。香りも まだまだじゃ。」と 言うと 桃は柔らかそうに 完熟しました。広右衛門は「良く熟みた。じゃぁ食べようか。」と 言って 桃を 取り上げました。桃が ブルブル震えました。「皮を剥こう。 包丁は 持って来とらんかった。手で剥くのは 難しそうじゃ。」等と 色々理由をつけて  今にも食べそうにするのですが 食べないのです。すると 桃が 泣き出しました。広右衛門は言いました。「坊や。お父さん お母さんに 代わってわしを 騙そうとしたんかい。 小めぇのに 勇気があって感心じゃの。 何で 狸達ぁ 悪さをするんか。」と 謝りながら 尋ねました。すると子狸は「山師が 住処を荒らさないようにするには どうすれば良いの。」と 尋ね返しました。広右衛門は「モリブデンや 銅や 雲母や 水晶が 取れるでんで 山師が来る。だから 銅や水晶を 全部 ただの白い石に すりゃぁ良ぇ。 狸さん 等にすりゃぁ 易い事じゃろう。」と 教え、里へ帰って 行きました。子狸が 両親の所に戻り この話をすると みんなで 銅鉱や 雲母鉱や 水晶鉱を見つけ 鉱石を 白い石に変えました。銅と 水晶が 取れなくなったので 山師達は 来なくなりました。麓の村人達は「鉱石が 採れなくなったのは 山を開発して 文覚屋敷を 粗末に扱ったので 罰が当たったんじゃ。」と 思い、毎年 文覚様に 灯明を上げ お祭りをしました。すると 不思議な事に 村には病気が流行らず 豊作が 続きました。「三谷野呂の百怪談」

鉱物が採取できなくなったのは 狸の仕業ではありません。直ぐに掘り尽くされた狸が事と 事業主が なくなったからです。狸が見付け損なった 銅鉱脈や 水晶鉱が 今も少しあります。 例えば案田焼谷の広域農道の高架橋の橋桁の下に 細い銅鉱脈が 有る と架 橋工事に 関わった人達の間で 語られています。

 加茂鉱山:赤磐のある人が  昭和8年(1933年)に モリブデン(水鉛Suien)の鉱脈を 発見し 神戸の人が 加茂鉱山を 採掘し始じめました。戦時中は 兵器の材料に使われ、最盛期には 80名以上の工夫が 働いていたそうです。銀屏風と 例えられる程の良質な 鉱脈だったそうです。下加茂に 一日4~5回も 地響きが起こったと 伝えられます 。しかし 埋蔵量は少なく 直ぐに掘り尽くされました。其の後 水晶 長石 石英 等が 採掘されていましたが、昭和20年代に 経営者 が死亡すると 鉱山 は閉鎖されました。「村人口伝」 加茂の明神山頂上:北緯34度51分16秒東経133度49分29秒 南面の頂上近くの雲母鉱道口:北緯34度51分15秒東経133度49分26秒近く 北面の頂上付近の水晶鉱道口:北緯34度51分19秒東経133度49分27秒近く 南面の墓場の行倒れ供養塔:北緯34度51分16秒東経133度49分17秒 山師を 供養したとされます。    明神山の南斜面の中腹の文覚屋敷:北緯34度51分6秒東経133度48分56秒 文覚屋敷は 古墳跡で 不老長寿 無病息災の法術を 研究していたと伝説されます.。    案田の広域農道の橋桁:北緯34度54分8秒東経133度48分33秒   平成23年(2011年)10月11日

 

鶉と狸 quail and racoon dog

昔 悪戯好きな鶉Uzuraと お人好しの狸が 居りました。狸が「殿様の行列を見てぇなぁ。壮観じゃものなぁ。」と 言うと  鶉は「そんなら見せてあげらぁ。もうすぐ 殿様の行列が 来るけぇ 見るにゃ 頭ぁ上げとかにゃぁ 見えんけぇ おえまぁ。 頭ぁ上げとりゃぁ 無礼打ちに 合うかも知れん。道 端で 井杭に化けておりねぇ。」と 言うと 狸は 行列を 間近で堂々と 見られる方法を 教えてもらい 喜んで 井杭に化けました。すると 雲助がやって来ました。鶉は 井杭の上に立ち 小馬鹿にしたように 無視して 雲助をからかうと 雲助は「この野郎 馬鹿にしたような 眼付ケきしやがって。」と 持っていた六尺棒で 鶉に打ちかかりました。その瞬間 鶉がヒラリと 飛び立ったので 井 杭は したたかに 打ち据えられました。涙が出る程の痛さを 堪え 雲助が 立ち去るのを待ち、狸は姿を 現すと「痛ぇ。タン瘤がはち切れそうじゃ。」と 苦しんでいると 鶉が帰って来て タン瘤を「立派じゃのう。」と 言って チョコンと 突きました。狸が 鶉の悪戯に乗せられた事に 気付き 鶉を口で 捕らえ「食ってやる。性悪鶉め。」と 言うと、鶉は「解った。罰じゃ。食われてやる。じゃが わしには 母がおる。今生の別ぇ 言いたいけぇ  母ぁ ここえ呼んで つかぁせぇ。」と 頼みました。お人好しの狸が「それもそうじゃなぁ。」と 思って「鶉のお母さん。」と 大声で 呼びました。口が開いた瞬間 飛び立とうとしたのですが「…さん」と 口を閉じたので 運よく鶉の尻尾を 捕えられました。鶉が「おえん。 食われる。」と 必死に羽ばたくと 運よく尻尾が プツンと 抜けました。それで 鶉の尻尾は 短いのだそうな。鶉と狸- 熊本県の昔話 | 民話の部屋 (minwanoheya.jp)」  平成23年(2011年)10月11日