狐の剃刀 Lycoris sanguinea


 昔 とある里に 自信満々の力蔵と言う男がいました。「俺は 喧嘩をしても 相撲を取っても 絶対に負けん。坊主や 学者よりも  知識も深い。鍛冶屋Kajiyaや 竹細工屋よりも 器用じゃ。ましてや 人に騙されないし 口も堅い。」と 豪語Gougoしていました。確かに 村の者で その右に出る者は いませんでした。だから その男が来ると 一目置くしかなかったのですが、村人達は 皆、それが 悔しがったのです。ある日 旅の僧が「人に知られたくない葬式が 有って お寺の坊様に お経を頼めないそうじゃ。誰にも知られないように 読経して貰える人は おられるか 探して欲しい 。仰山(Gyousanのお礼を してくださる。」と その男に 頼みました。狐が 良く出る所だったので 騙されるかもしれないと 用心し 歩いてゆくと、木陰で 村の五作と 六作が ひそひそ話を していました。力蔵が 聞き耳を立てると 旅の僧に 頼まれたのか「庄屋の家の不都合な 葬式の経を あげてやろうと 思う.隣村の寺に 経を習いに行く」と 話し合っていました。確かに 庄屋の家辺りは 騒がしく 泣いている者もいました。力蔵は「あの坊主の言う事は ほんまじゃ。五作や 六作に 美味しい仕事を 取られるものか 。先回りして 寺の和尚に 読経の仕方を 習おう。」と 出かけると、途中に 見慣れない古寺が 有りました。力蔵は「速い方が 良い。」と 思い、古寺の和尚に 読経の仕方を 教えてくれるように 頼みました。痩せ気味の顎の細い和尚は「奇特なお方じゃ」と 言って 快く引き受けました。力蔵は その能力を発揮し、僅か半日で  一経を 読経できるようになりました。和尚は「髪Kamiを 剃らにゃぁおえん。明日りぃ髪を 剃りに伺う。あなたの髪は 固そうじゃ 剃刀Kamisoriを ぎょうさん用意しておいてくだされ」と 言いました。和尚 がわざわざ 自宅まで来てくださると 言うので、さすがの力蔵も  恐縮し よく切れる剃刀を 沢山用意しました。和尚がやって来て 髪を剃り始めました。よく切れる筈の 剃刀の切れが 悪い様子で やたらに 痛いのです。和尚は 剃刀を 次々取り換えるのですが、どの剃刀も 切れ味が悪いのです。力蔵は 庄屋のお礼を期待し、成功後の幸せを 想像して 耐えました。剃り終わると和尚は「どの剃刀も 酷く刃こぼれしたので もう使えない。剃刀を供養しなされ。」と 言いました。剃刀を見ると どれも血で赤く 染まっています。和尚に 苦情を言うと 和尚は「お前様の髪は 剃刀の刃も 立たない程 硬いからじゃ」と 言い逃れるのです

剃刀を 瀬戸に 埋め、鏡を見ると 頭は 血だらけだったのです。血だらけの 頭では 読経を上げる事も出来ないので 家の中から 様子を伺うのですが、庄屋の家では いつまで経っても 葬式を 始めません。力蔵は やっと 村人全員と 化生狐に 総掛かりで 騙された事に 気が付きました。力蔵は 顔から火が出る程 恥ずかしかったので 髪の毛が生える迄 家に閉じ籠り 座禅を組みました。そして「人と比較し 得た自信は 妄想に過ぎず、真の自信は 全ての欠点をなくす事 だが それは 絶対に達成できない事」と 悟りました。剃刀を 埋めた所から 毎年 血の色に染まった花が 咲き、その後 剃刀の刃のような 葉が出てきました。それを 見る度に 力蔵は反省しました。それからは 相手の欠点を 罵ることを 慎み、自分の欠点を 指摘して呉れるよう求めるようにな りました。教訓を 忘れないようにするため 力蔵は この花 狐の剃刀を大切に育てました。「三谷野呂の百怪談」  細田川の狐の剃刀の大群落:北緯34度52分39秒東経133度45分分37秒付近 天津神社の狐の剃刀の大群落:北緯34度55分44秒東経133度48分38秒 総社境内北西の狐の剃刀の小群落:北緯34度51分58秒東経133度45分30秒  平成23年(2011年)8月13日