竹荘 神子山の鳴る岩 Sound-rock on Mikoyama mountain

 昔 戦争があった折、侍が やって来るとの噂Uwasaを聞いて 村人は 恐怖しました。すると 村の山の上で 俄かに大きな 音がしたので、音に 怯え 村人は ろくろく仕事も 手に付きませんでした。どうも 神子岩辺りから 音がしているらしいので 山に登ってみると、大岩が しきりに震えながら 鳴っていました。すると村人の 若者は 次々と 戦争に 狩り出されました。戦争が終わり 村からの兵士が 里に戻ると、ピタッと大岩が 鳴り止みましだ。以来 戦争の度に この岩は 鳴るといわれます。竹荘の神子山の麓に あります。「賀陽町史」  神子山の麓の 村人によれば、備中兵乱 第2次世界大戦の時 も鳴ったそうです。

神子山の頂上には、かつて神子神社が ありました。つい最近まで 鳥居が有りましたが、朽ちて 無くなりました。現在は 小祠と小さい無名の墓らしい物が あるだけです。頂上 付近には 今にも ゴロゴロと 音を立てて転がり落ちそうな 大岩群が あります。鳴岩 を麓にあると 賀陽町史に書かれていますが、いくら探しても 伝説になりそうな大岩は 見つかりませんでした。村人のお話では 山頂付近の 最も大きい岩が 鳴岩だそうです。    神子山の頂上:北緯34度52分13秒東経133度40分15秒 神子山の鳴る岩:北緯34度52分11秒東経133度40分14秒の岩が 鳴る岩と 思われるが 確認していません  平成23年(2011年)9月19日

 

竹荘 新谷 新谷崇高の大蛇退治 giant snake killinng by Sintani-Munetaka

 天平宝字6年(762年)は 竹荘に 霜の害に 続いた後に 旱魃kanbatuが起こり、多くの人が 犠牲に なりました。その頃 新谷宗高Sintani‐Munetakaの妻は 氏神の神子神社Miko-jinjyaの巫女をしていたので、社に籠らせ 雨乞いを させました。巫女は「神子山が 低いので 天に祈りが通じない」と 訴 えると、宗高は 5段の大仙の高さに匹敵する櫓Yaguraを 組みました。巫女は 櫓の上で 鬼神となり 13日間 鈴を鳴らし 祈祷し続ると、鈴は ピタリと止みました。不思議に思い 櫓に登ってみると、神子は 何者かに 食い殺されていました。付近を 捜索すると、櫓の下で 大蛇が寛いでいました。宗高は 大蛇に 挑み、大岩に巻きつかれましたが相討ちになりました。すると大 蛇の口から 雲が 湧きだし、野や山は 雨で 潤いました。感謝した 村人は 宗高を 新谷荒神社に 祀りました。神子山の麓に、鳴る岩と 言う大岩が 有ります。大災害が起こると、大轟音を出して 鳴るそうです。「岡山の伝説・神子神社」「新谷よりの村人より口伝」「吉備中央町の民話(1)   平成23年(2011年)9月21日